広島高等裁判所松江支部 昭和26年(う)29号 判決 1951年8月29日
控訴人 被告人 山本幾造 外一名
弁護人 原定夫 山崎季治
検察官 中野和夫関与
主文
被告人山本幾造の本件控訴を棄却する。
原判決中被告人名越重雄に関する部分を破棄する。
被告人名越重雄を罰金三万円に処する。
被告人名越重雄において右罰金を完納することができないときは金三百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
但し本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は全部相被告人山本幾造との連帯負担とする。
理由
被告人山本の主任弁護人原定夫及被告人名越の弁護人山崎季治の各控訴趣意は末尾に添附した別紙書面記載のとおりでこれに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
原弁護人の控訴趣意について。
原判示事実は原判決挙示の証拠に照らし、これを肯認するに足り、この事実認定には経験則違反の点は認められないのみならず、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査するに、事実誤認の点も認められない。本件山林全部の立木実数が二千四百九十六本位であり、また相被告人名越の調査区域の立木実数が六百二十六本位であつたとの原判決の各認定は挙示の証拠就中証人植月武市の訊問調書に照らしこれを首肯するに足り、従つて、所論の如く、名越の調査区域は他の調査区域との境界を明確にすることができず、検証不能になつた事実があるからといつて、それだけで証拠上名越の調査区域の実数を確定することは不可能であると論結しなければならない根拠はない。また、原判決が証拠に引用した相被告人名越の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書を仔細に吟味するに、所論の如く矛盾撞着し毫も信用に値しないものであるとは考えられない。論旨は、要するに、原判決の採用しない証拠に基き、或いは原判決の採用した証拠の一部を殊更被告人に有利に解して独自の見解を立て、原判決が適正になした事実の認定、証拠の取捨判断乃至被告人山本の本件所為を詐欺罪に問擬した法律判断を徒らに非難するもので、到底採用することはできない。
山崎弁護人の控訴趣意第一点について。
原判決挙示の証拠に照らせば、原判示事実を肯認するに足り、その間経験則違背の点は認められないのみならず、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査検討するに、事実誤認の点も認められない。論旨は独自の見解に立脚して原判決が適正になした事実認定を徒らに非難するもので、これまた採用するに由ない。
同第二点について。
他人の委託によりその事務を処理する者が、その事務の処理上任務に背き本人に対し詐欺行為を行い同人を錯誤に陥れ、因て財物を交付せしめた場合においては、詐欺罪を構成すべく、たといその背任の行為が自己若しくは第三者の利益を図るに出で、これにより本人に財産上の損害を生ぜしめ背任罪の成立要件を具備する場合と雖、これらは他人のために一定の事務を処理する者が本人に対しなした詐欺罪の観念中に当然包含せらるべきものであるから、背任罪は成立することなく、又一箇の行為で数個の罪名に触るるものでないことは、大審院数次の判例の示すところである。原判示によれば、被告人名越は智頭木材株式会社に雇われ、木材仕入生産係として、同会社が買入れる山林の調査をなす等の任務を有していたものであるが、同会社に対し山林立木の売却をしようとしていた被告人山本と共謀し、前記任務に背き、同被告人の利益を図るため、同会社の他の社員と手分けして同会社が買受けようとしている右山林の調査をした際、自己の調査区域の立木数は六百二十六本位であつたにかかわらず、千五百三十八本あるが如く、寸検表と題する書面に記載して同会社係員に提出報告し、よつて、同係員をして右山林全部の立木実数は二千四百九十六本位であるのを三千四百五十三本位あるものと誤信せしめ、被告人山本は同係員の右錯誤を利用して同係員をしてこれを代金八十五万円で同会社のため買い取る契約をさせ、即時同係員より売買代金名下に右金員(原判決に「金八十五円」とあるは「金八十五円」の誤記と認める)の交付を受けてこれを騙取し、被告人名越は右背任所為の結果同額の損害を同会社に加えたものであるから、被告人名越の本件所為は詐欺罪を構成し、たとい、背任罪の成立要件を具備していても別に背任罪に問擬すべきものではない。されば、原判決が被告人名越に対し背任罪の規定を適用処断したのは、所論の如く法律の適用を誤つた違法があるもので、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。従つて、論旨はこの点において、理由があるから、原判決中被告人名越に関する部分は破棄を免れない。そこで、当裁判所は刑事訴訟法第四百条但書に従い、更に、被告人名越に対する本件について、次のとおり判決することとする。
原判決の認定した前示被告人名越の所為は刑法第二百四十六条第一項第六十条に該当するから、所定刑期範囲内において処断すべきところ、本件は被告人のみの控訴した事件であるから、刑事訴訟法第四百二条により原判決の刑である主文第三項掲記の罰金刑に処し、その不完納の場合における労役場留置期間については刑法第十八条に従い、主文第四項の如く定め、刑の執行猶予については同法第二十五条を適用し主文第五項記載の如く定め、原審における訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条に従い、主文末項記載のとおり、負担せしめる(最高裁判所昭和二十四年(れ)第八七五号同二十六年一月十七日大法廷判決参照)。なお、本件起訴状によれば、検察官は被告人名越に対する訴因を背任とし、罰条として刑法第二百四十七条を掲げたけれども原審第一回公判において、同被告人に対する訴因を詐欺、罰条を刑法第二百四十六条とそれぞれ変更し、その後原審第二回公判において更に右の訴因、罰条を本件起訴状のとおりに変更すること即ち訴因を背任、罰条を刑法第二百四十七条とすることを請求し弁護人はこれについて、被告人名越の所為は詐欺であつても、背任ではないと異議を述べたが、原審は検察官の右変更請求を許しその請求のとおり訴因と罰条が変更されたことは記録上明らかである。従つて、当裁判所が被告人名越に対する本件公訴事実に基いて詐欺の成立を認め、刑法第二百四十六条を適用したのは、訴因罰条の変更なくして本件起訴状に掲げられたところと異なる訴因を認定し、異なる罰条を適用したものに外ならない。しかし、本件公訴事実に基いて被告人名越の所為を背任と認定し或いは詐欺と認定するも、公訴事実そのものには何の変りもなく、唯これに対する法律見解を異にするに過ぎず、公訴事実の同一性は失われないのみならず、既に明らかにしたとおり、原審において弁護人は検察官の請求した再度の訴因、罰条の変更について、異議の理由として、被告人名越の所為は詐欺であつても背任ではないと述べた程であり、また、当審においても、控訴趣意として同趣旨の主張を繰返えしているのであるから、かかる場合には訴因罰条の変更手続をとらないで背任の訴因罰条に比し重い詐欺の訴因を認定し、重い詐欺罪の規定を適用するも、被告人名越の防禦に実質的な不利益を生ずることはないというべきである。されば、当裁判所は検察官に対し訴因罰条の変更を命ずる措置をとらないで前叙のとおり自判するものである。
次に被告人山本の本件控訴は既に説明したとおり、その理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、これを棄却すべきものである。
よつて、主文のとおり、判決する。
(裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)
被告人名越重雄の弁護人山崎季治の控訴趣意
一、原判決は事実を全く誤認した判決である。
原判決は「被告人山本幾造は昭和二十四年四月頃右会社より右杉林の売却方を求められたのを奇貨とし立木数量を実際より過大に計上して売買名下に同会社係員より金銭を騙取しようと企て同年四月二十日頃肩書住所地に於て被告人名越重雄に対し「多少の礼はするから山の木を見るときに帳付けはどうでもなるだけ適当によい具合にやつてくれと」申向け以て山林調査の際には立木数量を実際より過大に計上するよう依頼し被告人名越重雄は右依頼にもとづき前記任務に背き両人の利益を図るため同年四月二十五日同社員六名三組に分れ右山林の調査を為すにあたり被告人は同社員井上甚市と一組になり同人には立木の太さを測らせ自分は之を記帳したがその際同人の調査区域の立木数は六百二十六本位であつたのに拘らず千五百八十三本ある如く寸検表と題する書面(証第三号)に記載して同会社係員植月武市に提出報告しために同人は該山林全部の立木実数は二千四百九十六本位であるのを三千四百五十三本位あるものと誤信するに至つたのであるが被告人山本幾造は右山林の調査現場において名越が実際より相当過大に記載した事実を知り従つて右植月がその如く誤信している事実を認識しながら之を黙秘し同日智頭町塩田屋旅館において同人と前記山林約五反歩の立木全部の取引を為すにあたり同人の錯誤を利用し之を金八十五万円にて右会社の為に買取る契約をさせ即時同人より売買代金名下に金八十五万円の交付を受けて之を騙取し損害を同会社に加えたものである」と認定して居るのであるがその証拠として記載された証拠を綜合するも右の如き事実認定は不可能であつて全く日常生活の経験則に反する認定である。
その理由は次の通りである。
(1) 被告人名越の司法警察員作成第一回供述調書並検察官作成第一回調書中同被告人の言として「今の山が上手に契約ができたら一杯飲まにやいけんだがなあ」及相被告人山本の言として「上手にやつて呉れ一杯買うから」「兎に角貴男に任せるわい多少の礼はするから」云々又被告人名越の「多少の事はしてあげねばいけんがよう」或は「山本さん多少よけい付けて置いて上げたけ」(判決引用)被告人山本「そうかそれは済まん」等との記載あり之を犯意認定の資料とせられたものと推定されるけれども右の如き言葉のやり取りは之等業者の日常の冗談乃至挨拶で社交上の儀礼の一種と老えるのが条理に合するのである而もそれは社会生活の一潤滑油の様な役割もその内になすのであつて之を以て犯罪を犯す意ありと認定する如きは全く実際を知らず吾人の経験則に反すること明かである。仮に右の「多少のことはして上げねばいけんがよう」と云うのに対し「否左様な事は絶対にいけません堅く御断りします」と言つたとすれば如何、又「多少余計につけて置て上げたけ」と言うのに対し「左様な事は絶対にお断りする」と開き直つたら如何常識のない人間として笑われ社会生活、経済取引は出来なくなるであろう之を否定し犯罪呼ばわりするのは余りにも味気ない老え方ではあるまいかと思う。「上手にやつてくれ一パイ買うから」と被告人山本が被告人名越に申向けたと云うのを取調官の筆の廻し具合で「多少の礼はするから山の木を見るときに帳付けはどうにでもなるだけ適当によい具合にやつてくれ」となつたと推測される。斯様な理屈攻めの様な言葉が交わされる事は通常考えられず前回の言葉を取調官の主観的解釈でコヂ付けたものと考えるが相当である。而も原判決指摘の如く一万円の授受は事実なるも本件の如き相当大きな金額の取引に八十五分の一位の謝礼をするのは社交上の儀礼の一種であつて格別の意味を持たすべきものではない。事前に斯かる約束なく取引終了後の事であつて事前の犯意を之により推定するのは無理であろう。何れにしてもかかる薄弱なる証拠のみで犯意を認定した原判決は破棄相当である。
(2) 本件の如く立木売買に付ての経験者が現実に立木の存在を現認し此の山の立木として売買する際の慣習は売買代金が重点であつてその本数石数は夫々腹勘定に納めて居るのである。売主西尾圭介氏証言にある如くあの山を百万円位として被告人山本に一任したのである。それが結局八十五万円に売買が成立したのである。本件が詐欺又は背任成立と仮定し智頭木材株式会社の主張する如く約三十万円余の損害と云う事になれば本来ならば五十万円余でなければ真正な売買契約成立しなかつたとしなければならず斯くては到底右西尾圭助並に被告人山本の承諾し得なかつた事を認めるに足り結局契約成立の余地は無かつた筈である。即ち実損害の存在の余地なきものと謂い得るのである。
(8) 本件検証の際立木計算数が極めて不明確で而も被告人の調査区域立木六百二十六本位の外約三百本以上錯誤による計算違がある事も略明かになつたのであつて原判決には之等の点を何等顧慮せず起訴状記載の通りの数に認定している事も破棄の一理由となるであろう。
(4) 要するに此の一山の立木が一括して八十五万円で売買契約が成立したのであつて最初値段の云い出しの際は八頭木材会社側は五十数万円よりと主張するに付被告人等調査の木材数量を値ふみ主張の一理由にした事と推定せられるのであるけれども売主側は百二十万円位より切り出し互に商取引の「場」に於て謂わば「虚々実々」の智能をしぼり調査数量を基とした最初の云い出し値の如きは遙に薄いものとなり現実に目撃したあの山の立木がその儘取引の対象として契約成立したと認むべきが実情に合う判断であると信ずる。既に被告人の薄弱な調査資料を乗り越えて百二十万円と五十余万円との間で売主、買主の思惑の下に激しい値のかけ引きで契約が成立したのであるから被告人名越の行為による損害等問題になり得ないものと信ぜられる。即ち背任罪成立の要件である被告人の行為による損害発生の事実認められざる以上原判決は事実誤認又は法の解釈を誤つたものとして破棄相当である。
二、原判決は法令の解釈を誤りて無罪となすべきを有罪と認定した判決である。原判決は被告人名越を背任罪となし被告人山本を詐欺罪と認定して居るのであるが訴因並に原判決の認定の事実は共に両被告人の共犯関係を認めたものに他ならない。両被告人が意思相通じ、被告山本の犯行に被告人名越が加工、援助した事を認めた訴因及原判決は有罪を認定する以上同一罪名即本件では詐欺罪で両名を処断すべきが共犯理論の当然の帰結である。被告名越が被告山本の犯行に加工援助し、被告山本は之を利用し(意思相通じ)本件契約の決定権者である右会社代理人を欺罔して契約を締結せしめ更にその欺罔による錯誤の下に之が代金を被告人山本をして受領詐取せしめたと云う本件訴因並に判決である以上被告人名越に対しても背任罪としての判決を為すべきではなく詐欺罪としして判決すべきが刑法理論の当然である。宜なる哉原審の検察官に於て被告人名越に対しては公判請求書には訴因を背任となし第一回公判期日に於て之が訴因を被告人山本との詐欺の共同正犯と変更し更に最後の公判期日に於て訴因を変更して背任となしたのである。如何に確信のない訴因であるかを証して余りあると共に共犯理論上被告人名越に対しても詐欺罪の幇助乃至共同正犯を以て臨むのが理論上当然である事を推認せしめるものである。成程共犯関係に於ても罪名を異にする場合が無い事は無いが(例へば堕胎罪)それは身分により適条を異にする場合であつて共犯関係の両被告人が一方は背任罪一方は詐欺罪と云うが如き実例は聞かぬところである。例へば銀行窓口の係員が外部の者と共謀乃至意思相通じて外部の者の詐欺罪に加工した如き場合常に詐欺罪の共犯(幇助乃至共同正犯)を以つて処断しているのが常であつて刑法共犯理論の帰結である。然らば本件は被告人名越につき理論上背任罪に非ずして詐欺罪成立するものと謂うべく而して詐欺罪成立するとするも詐欺罪の訴因なく訴因によらざる認定を為すに由なきを以つて結局無罪の判決言渡を為すべきが刑事法理論上当然なるに拘らず法令の解釈を誤り有罪言渡を為したる原判決は破毀当然である。
(その他の控訴趣意は省略する。)